国内および国家間の不平等を是正する

 ついに桃太郎達は鬼をやっつけた。厳しい戦いで出まくったアドレナリンでうわーと興奮した彼らは、鬼が隠していた金銀財宝を見て目を丸くした。それを四分の一ずつ山分けにしようと雉が提案した。犬はわれわれの主人である桃太郎が7、犬猿雉が1ずつが妥当だろうと言った。猿は自分はより桃太郎に遺伝的に近いため、桃太郎5、猿3、犬雉が1ずつだと言い張った。桃太郎は俺はゼロでいいよと言った。犬猿雉は耳を疑った。

 猿がすかさず「じゃあ私が6で、犬雉が2ずつで…」と言いかけたところで「君らもこれ、ほんとにいるの?」と桃太郎がかぶせた。「別に置いていってもいいかな、これ」と言った。猿は牙を剥きながらわれわれは何のために戦ったのかと反論したが、桃太郎は「じゃあ猿は何のために戦ったの?」と逆に問い返した。「お金?」と単刀直入に聞いた。猿はとっさに犬雉を見たが、彼らの目から何か読み取るのは難しく、しかし何も答えないのはだめだと考え「はい」とうわずった声で答えた。

「そうか」と桃太郎は特にがっかりした様子もなく、犬雉に「君たちは?」と問うた。犬はもとよりここまでやってこられたのは桃太郎のおかげであり、桃太郎が金銀財宝を置いていくならそれに従うと言った。雉は金には多少未練があると正直に告げた。金銀財宝は少しあてにしていて、それで派手な生活をしたいと考えていたと。ただ、今回の鬼退治で自分は成功体験を得たし、そういった生活は自分で勝ち取ると今は信じられるので、お金はいらないと言った。桃太郎は別に感心した風もなく「じゃあ、猿が10ね」と配分を決めた。猿はうきーと喜びたかったが、なんとなくそれも違う気がして、「本当にいいのですか」と桃太郎の顔を伺った。「いいっていいって。さあみんな、大八車に財宝乗せて帰ろう」と、率先して財宝を積み込み、自らそれを引いて帰った。猿は後ろから車を押しながら、いつ桃太郎達が駆け出すか見張っていたが、のんびりとしたペースで彼らは家に着いた。おじいさんおばあさんは無事に桃太郎が帰ってきたことに喜び、その後ろにある財宝に目を丸くしたが桃太郎が

「いや、これは全部猿のだから」と言うと

「そうかい」と言って、「みんなご飯食べていきなさい」と続けた。猿は「いや、私はこの財宝でもっとおいしいものを食べます」と言うと、祖父母は「や、まあそりゃそうだけど、お腹減ってるでしょうに。一緒に食べよう」と言った。猿は。



 駅前のファミレスで、と場所を指定してきたのは雉だった。待ち合わせ時間ぎりぎりにやってきた猿は、スポーツカーを入り口真ん前に横付けし、助手席からゆっくりと出てきた。運転席に座る女の甘い見送りの声に振り向きもせずひじは曲げたまま肩だけ挙げるようにして手を振ると、左手はポケットに突っこんで歩きながら入ってきた。窓際の席に緊張の面持ちで座る雉を認めるとさすがに昔の仲間を目にして相好を崩し歯茎を見せたが、歩いて近づくにつれ徐々に雉を上から下まで値踏みするように遠慮なく眺めその歯茎は次第に隠れていき、ついに席にたどり着き雉と目が合ったときには先ほどの笑顔とはまた違う意味で歯茎を出して笑った。

「久しぶりだな」と雉が発すると同時に猿は「金に困ってるんだって?」とかぶせ、かたいスプリングの椅子に腰かけた。雉は猿との面会に当たりいろいろ切り出し方を考えており、当然いきなり金のことを話す場合も想定していたが、いざ目の前でそう切り出されるとやはり面食らってしまった。それと同時に、今の話のかぶせ方はいつか鬼退治をしたときに桃太郎が猿の発言にかぶせたものに似てるな、とぼんやりと昔のことを思い出した。

「『新進気鋭のスタートアップのホープ。鬼退治で培った課題解決方法であなたのお悩みを解決』か。今でもそらんじられるぜ。俺の会社もお世話になったよ。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだったよな」と言って猿は雉を見た。

「いや、まあ、結局落ちちまった鳥は俺なんだけどな」

 猿は期待していた回答を雉から聞けて上出来だとばかりに歯を見せた。雉はそんな愚弄くらいはすでに想定済で、逆に今の言葉で少し心に余裕ができた。

「たださ、俺もまだ羽をもがれたわけじゃない。まだ俺はやれるし、やり切ってもいない。ほんの少しツキがなかっただけだ。猿……さんだって俺の鬼ヶ島での戦いぶりは見ていたでしょう? 桃太郎さんに不死鳥とまで言わしめた俺の粘り強さ、今こそ見せてやりたいんだよ。そうやって俺はあらゆる難局に立ち向かい解決をしてきました。何度でも立ち上がって課題を解決するために立ち上がります。そのためにはまとまった資金が必要なのです。お客様のあらゆるお困りごとを解決するために」

 話の途中でコンサルの顧客相手の口調になっていることにも気づかず、敬語交じりで雉は猿に訴えかける。猿はそれには答えず、メニューをパラパラめくってあるページで手を止めた。歯を見せながらページを雉に見せて言う。

「おかやまフェアだってさ。一昔まで考えられなかったよな。桃さんの故郷の味だって。懐かしいよな。ほら、ままかり寿司。懐かしいな。頼んでみるか」

 猿が片手を呼び出しベルに乗せるのを見ながら、猿が気安く桃太郎をあだ名で呼んだことに切り倒したいほどの怒りを雉は感じた。メニューで猿の目は見えないが、穴を開くほどその向こうにある猿の顔をにらみつけ、こんな猿に金を借りなければならないほど落ちぶれた自分を呪った。



「ほうら、ままかり寿司。たくさん作ったよ。ほらほら、そんなところにぼうっと突っ立ってないで、早く家の中入って、みんなで食べようよ」

 とうに部屋の中に入った桃太郎、犬、雉についていくことができず、猿は大八車の横に立ち尽くしていた。家の中ではごちそうと冒険譚を肴にした宴会がすでに始まっている。時折どっと笑い声が戸外にも聞こえてきて、猿はそちらに足を向けたい気持ちになる。猿のお腹がグーと鳴る。おばあさんは笑って続ける。

「まあ何があったかは私は知らないけれどね。なんか解決はしたんでしょ? あの子たちそれで納得してるんでしょ? 別にお金がなくったって楽しそうにしているじゃないの。まああんたは昔から小難しいことを考えるもんだからさ、私なんかがどうこう言える口じゃないけど、そんなのは食べた後に考えりゃいいんだよ。ほら、うちの桃もよく言ってたでしょ。『腹が減っては戦はできぬ』って」

 戦という言葉を聞いて、猿の戦場での思いがフラッシュバックする。生半可なものではなかった。理性で語れない凄惨さがそこにはあった。すべてを奪われたところから始まった。自分は親に捨てられて、腹が減ってどうしようもないところを桃太郎に救われた。猿は活躍をして、そのたびごとに団子をもらって腹を満たした。そのうちに、鬼の倒し方を工夫すれば桃太郎からもらえるきび団子も増えるということに気付き始めた。やみくもに吠えている犬なんかは一日吠えて団子が一個だったこともあった。それを横目に猿は犬の咆哮で追い詰められた鬼どもを首尾よく倒して五個団子をもらっていた。もちろん猿は犬に団子を分けてやるなどということはせず、犬は犬で一個の団子をありがたく押し頂いていた。それからというもの、猿の頭の中に効率という考えが住み着いた。どうすれば効率的に鬼を倒せるか寝ないで考えることもあった。いつしか鬼を効率よく倒すことは団子をもらうことと同じくらい、いやそれ以上の意味を持つようになった。雉も効率性については気付いており、二人で勉強会をすることもあった。止せばいいのに、と猿は言ったが、雉は犬も誘った。しかし犬は難しいことはよくわからないと言って、結局一度も勉強会に参加することはなかった。二人は効率的に鬼を倒していったが、雉は鳥瞰的な視座で鬼退治を論ずることもあった。今回の鬼との闘いが鬼の親分との最終決戦を見据えたときにどのような意味を持つか、そういった前口上、能書きを垂れることが多くなった。猿はそんなことをするより目の前の鬼をいかに片づけるかに全精力を傾けるべきだと主張した。雉は次第に自分の主張をまとめて、桃太郎に発表するようになった。

「鬼退治って。実は我々は、鬼ではなく自分自身と戦うことではないかと思うわけです。それを通して我々の成長が」

「義務としての鬼退治ではなく、感動を与える鬼退治を」

「何より我々桃太郎軍団が鬼退治を楽しめるかどうか」

 毎回毎回よくもまあここまで直接の鬼退治に関係ないことをわざわざ資料まで作って発表するよなあと呆れて猿が見ると、桃太郎はじっと資料を見ながら時折「物語って?」などと言って興味のある風な相槌を入れたりする。猿はそんな物語が好きなら文学者にでもなればいいと、鼻で笑っていた。楽しむだ? そんな時間は俺達にはないだろうと。獲るか獲られるか、生きるか死ぬかで生きているんだろう。雉のプレゼンが終わって桃太郎に「犬はどう思う」と振られた犬は、はっはっと舌を出したまま「わかりません」と正直に答えた。こいつはどうしようもない馬鹿だが、雉よりはまっすぐな分扱いやすいな、と猿は思った。いずれにせよ、このグループで最も効率的に鬼を倒せるのはこの俺で、俺こそが一番このグループに貢献していると猿は強く思っていた。

 ところが。ある日のきび団子の配布日のことだった。猿は今月も誰よりも多く鬼を倒したので7個のきび団子をもらった。ほくほく顔で雉と猿を見ると、彼らも7個ずつきび団子をもらっていた。なぜだ。猿は桃太郎に問いただした。すると桃太郎は「みんな腹が減ってそうだったからな。それに、いつもよりきび団子を多く作る方法を編み出したんだ。こうすればみんな好きなだけ腹いっぱい団子を食えるようになる」

「私は誰よりも鬼を倒しました。それなのに彼らと同じ団子の数というのは納得できません」

 猿は桃太郎に食って掛かった。桃太郎は「そうか、まだ腹が減ってたんだな。あいにく今は手持ちに団子が一つしかないものだから、どうかこれで我慢しておくれ」と自分の団子から一つ猿にくれてやった。猿はそうではない、と言いたかったが、もらったきび団子を返すわけにも行かず、しばらく悩んでいたら桃太郎はもうそこにはいなかった。自分が効率的にせしめたきび団子と、思いがけず手にしたきび団子と、いったい何が違うのだろうと考えたが、それはあまりに難しすぎた。しばらく手にしたきび団子を見ていると、それは今まで猿が効率的に手にしてきたきび団子と全く変わらないという当たり前のことに気が付いた。それでようやく猿は安心した。自分は間違っていない。



「財宝が気になるのかい? 大丈夫だよ。誰もとりゃしないよ」おばあさんに言われて、はっと猿は気付いてしまった。得心してしまった。俺はこの人たちをもう仲間と思っていない。またどっと談笑がした。きび団子を分け合って食べた日のこと、桃太郎に気に入られようと草履を懐に入れて温めた日のこと、勝ち名乗りを挙げるために雉と先を争って鬼の一陣に切り込んだこと。地獄めぐりと称して鬼の住処にあった温泉で骨を休めたこと。背中を流しあったこと。それらが一瞬で後ろに遠のく。凍るような背筋に振り替えるとまばゆいばかりの金銀財宝が。

 もうこうなったらダメなんだな、と思った。俺は違う世界の人間にならねばならない。おばあさんはおじいさんに呼ばれて家の中に戻っていった。と思うとすぐ戻ってきて、「これ、あんたの分」と取り分けたままかり寿司を手渡そうとした。猿はさっきより強い口調で決然言う。

「いや、私はこの財宝でもっとおいしいものを食べます」

 おばあさんは呆れたという顔を、しかしどこか作りものめいた顔をして

「そうかい」

 と言ってままかり寿司を手に家に戻っていった。猿はそれを見届けて、その日のうちに桃太郎の家を後にした。食べてもいないのに口の中がすっぱい味でいっぱいで、猿はそれを飲み込みながら進んだ。不思議と腹は減らなかった。



 運ばれてきたままかり寿司には全く手を付けず、猿は雉の目を見て話しだす。

「財宝を手に逃げた裏切り者、とお前は思うかもしれないが、俺に言わせれば、欲望を追求することから逃げたお前たちが裏切りものだ。都合いいときだけきれいに取り繕って集まって、金より大事なことがございと言って、その場を繕ってそれで結局金が足りなくなって困るわけだ。そんな奴を仲間だと一瞬でも思ってしまったことを打ち消すために俺は金を増やすだけ増やしてきた。それをお前は本当に、のこのことまあ戻ってきやがって。鳥頭とはこういうときに使うんだな。ぽっぽっぽ、はとぽっぽ。金が欲しいか、そらやるぞ」

 そう言うと猿はカバンから札束をつかみ取りテーブルの上に放り出す。

「俺は雉で、鳩じゃない」雉はいっそ舌を噛んで死んでしまいたい屈辱を味わいながら、それでも何とか自尊心を保つために言葉を絞り出す。

「その金は、もともと俺のだ」

「そうか! そう思うなら取ればいい。そういう物語がお好みなら取ればいい! お得意の冗句で俺が、俺のカバンから出したこの札束をお前が手にするこの絵面を何とか言ってのけて、自己満足して金をとればいい」

 雉はもうそれ以上は何も言えず、手渡された札束に手を添えていた。猿はままかり寿司を一つつまむと口に放り込んで続ける。

「懐かしいなあ。この味。苦手なすっぱい味。お前も食べろよ。あの日あんなにうれしそうにみんなで食べてたじゃねえか。お望み通り描いていた物語が壊れて、失意に沈む中で食べる寿司がどんな味なのか教えてくれよ。なあなあ、それでもあの日食べたままかり寿司と同じ味がするのか?」

 雉は黙ってままかり寿司の一つに手を伸ばす。

「よく噛んで食べろよ。いい顔だ。お前が一番俺に近いと思っていたけど、そんなときの俺の顔に本当によく似ている。その顔さえ忘れなければ、いつか、俺にほんの少しでも近づくことができるだろうよ」

 そういい捨てると猿は席を立った。雉はままかり寿司をほおばったまま、猿がスポーツカーに乗って去っていくのをずっと見ていた。その姿を見て、不思議と腹が立たなかった。案外自分が鳥頭だというのは本当かもしれないと思った。


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