強靱(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る

  なんの会合だったか、フォーラムだったか。何たら公会堂か、Aホールか。休憩時間に煙草を吸っていると男が名刺を渡してきた。長ったらしいカタカナの肩書なんで読む気も失せ、名前自体も、地味な苗字とハイテンションな名前の漢字がセットになっていて話を聞く前からもうお引き取り願いたくなる。

「初めまして。インフラストラクチャーの田中翔陽と申します」

 はいはい、田中さん、ぶっ飛んで明るい下のお名前ですね、肩書はなんだっけね、インストラクター? アドバイザー? インキュベーター? あれなんだっけ

「イン、なんですって」

「インフラストラクチャーをしております」

 ん? 電気関係? 水道? 交通? の

「コンサルタントか何かですか」

「いえ、インフラストラクチャー、略してインフラをしております」

 略されただけでちっとも追加の情報が入ってこない。

どこの会社だ? もらった名刺をまじまじと見るが、会社名がどこにも書いてない。電力系の工事とか? それとも政府系の設備の保全? 通信?

「会社はどちらで?」

「属しているといえばどこにも属しており、属していないといえばどこにも属しておりません。インフラストラクチャーなので」

 ああこいつあほだ。あほに絡まれた。なあんだ斬新なあほだなあ。もう休憩終わりそうなので席に戻ろう。詰まんない講演なんでもう少しここで時間つぶそうとも思ったがインフラ野郎に絡まれたらたまったもんじゃない。

「そうですか。じゃあ、これで」

「待ってください。あなたは私が馬鹿を言っていると思っていらっしゃる」

「ええ」言っちゃったよ。

「インフラと聞いてあなた、いろいろ思ったと思うんですよ。電気とか通信とかガスとか。それらって確かにインフラですよね。みんなが生きていくために遍くいきわたらねばならないもの。我々が生きていくために基盤として拠らなければならないもの」

「はあ、じゃあまあこれで」なんだよーもういいじゃん

「でもそれら、インフラって呼ばれてるものって、自分たちがインフラだと思ってるんですかね」

「あ?」

「電気は流れるとき、自分はみんなの役に立つって思って流れてますかということです。思うわけ、ないですよね。思うのは人の仕事ですし、それに一番近いのはそのインフラをつかさどる会社の人たちですよね。山奥に電線を引く工事をする人は、その後そこを偶然通りかかって山間に明かりがともるのを見て自分がだれかの役に立つことを実感します。でもそれは彼が電気となってその家を灯したわけではない」

「当たり前だろ、そういう仕組みを作るのが人間の仕事じゃねえか」

「そう、そしてその人間の仕事の仕組みを作るのもまた人間です。いや、こちらに至っては仕組みは永遠に完成されない。なぜならそれは電気自身が電線を作るような、水自体が水道を作るようにはいかないのです。電気が流れれば雷になりますし、水が流れれば川になる。人が流れれば何になりますか」

 知るかよ、の声は田中のより一層大きな声でかき消される。

「私たちが流れれば革命が起きます! 私たちは資源であると同時にそれを行使する! 私たちは社会であると同時に社会基盤でもある! 私たちはみんなインフラストラクチャーなのです!」

 田中は今や俺にではなく遠巻きに眺める喫煙者や、講演の始まりを告げる主催者に向けてこぶしを振り上げながら叫んでいる。係りの者に連れていかれる田中が小さくなるのを見ながら、俺は「インフラストラクチャー 田中翔陽」と書かれた名刺をしげしげと見つめ、そっと胸ポケットにしまった。


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