すべての人に包括的かつ公正で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する

  昔は言葉には温度が、数字には湿度が宿っていたという。人が発する言葉であればその発語の温度を感じることができれば大体の意味は分かったし、数字にしたって基本的には乾燥しているので、湿った数字を見つければその特異点から大体の解はわかったものだった。学校など行かずとも、周りの大人と話すことで子供たちは文字と数字の温度と湿度を理解し、そこに自分の熱を込めたり、反対にそこから熱を吸い取ったりして扱った。

 ただ、国や地域によって気候が違うため、温度、湿度には少しずつぶれが生じる。それをみんながある程度はっきりさせるために、教育というものができたとのだという。


 先生は新しい漢字を板書し、生徒たちに書き写すように指示した。①切手②西日③日記④前半⑤親切。子どもたちはノートにそれを書きうつす。切手西日日記前半親切。家に帰ったら書き取りをしましょうと言って、先生は授業を終える。生徒の一人は家で書き取りをする。切手西日日記前半親切切手西日日記前半親切切手西日日記前半親切。その内に前半という文字が、何かの温度を持っているように浮かびだす。二つに分けた前のほうの半分です、と先生は言っていた。そのときにどんな温度を感じただろう。

 生徒は宿題を終え、弟と二人でアニメを見る。30分のアニメで、15分のところでいったんコマーシャルが入る。生徒は時計を見て、あることに気付き、前半が終わった……とつぶやいたのち、弟に向かって目を見開き「前半が終わった!」と叫ぶ。弟はいきなり浴びせかけられた聞き覚えのない言葉に面食らい、しかしその言葉の意味を理解し、さらには言葉に流れる血の温度までも感じた。

 弟は大人になり、意味以外を削ぎ落されたシャープな言葉を駆使して物品の売買の便宜をはかったり、取引するうえで訴訟に発展しそうな致命的な誤解を解消したり、年間計画を達成するための施策を考え販売店に展開する仕事をしている。「昨年の計画と実績の乖離は五月に実施した一斉キャンペーンに端を発する駆け込み需要による後半の失速によるところが大きい」とキーボードで入力したのち、「前半はよかった」とつぶやく。舌を転がりながら出てきた前半という言葉は昔と同じ熱を持っており、その熱を意識した途端彼が書くレポートの文字たちが熱を持ち始めた。自分の受けた教育はまだナイーブだったな、デジタルネイティブたちは果たしてこのような経験をすることがあるのだろうか、と弟は余計な心配をしながら、言葉の熱を持て余しつつレポートの先を進めた。


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