魚と眠る

  老人の釣り糸の仕掛けは滑稽な形をしていた。掌に似たそれを海に投げ入れると老人は椅子に腰かけ目をつぶる。静寂がわざとらしくなる直前、おもむろに彼が糸をたぐると、「掌」の上で魚が眠っている。老人はナイフとフォークを手にし、そっと下腹部をナイフでなぞる。薄く鱗と皮とを剥ぎ、白い身を一片、切り出すと、閉じた魚の瞼ににじむ涙で濡らして口へ運び、一息に飲み込む。目を覚まさない魚の顎のあたりをフォークの背面でなでると、老人の胃で切り身が震えた。老人は魚の空いた腹に耳をあて、そこから漏れ出る魚の寝息にしばし聞き入り、やがてそのまま眠ってしまう。

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